ハヤテ

〜翼の勇者〜
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第5話〜龍聖の騎士〜

尽きることのない意志。
掛け替え無き、崇高なもの。
悲劇の螺旋はどこに向かう?

5.1 騎士の憂鬱

また、一歩後れをとった。


ウェストリア王国は機甲兵器を実用レベルで運用試験を行っている。その事実を目の当たりにし、騎士は焦りを感じていた。
彼も、ウェストリア王国の騎士団に所属しているが、それはあくまで仮初の事である。
その名、つまりルーン=フォルナの名はつい先日捨てる覚悟を決めた。そもそも彼がウェストリアの騎士として振舞っていたのは、王国の動向を間近で観察、偵察する為の筈だったのだ。
しかし、その地位にあっても、王国の機甲部隊即ち『黒の機士隊』の存在を知るには至らなかった。
確かに、機甲兵器の開発については耳にしていた。

わが祖国の技術力ならば同等のものを作る事は不可能ではない。だが、その運用にはまだ時間を要する。

それが彼の結論だった。彼、ルーン=フォルナ、あるいはハルト=ミヤモトは、かつての大戦で王国に敗北を喫した、イスティナ帝国の皇太子であった。いや、王の亡き今、彼こそ王である。ただし、イスティナ帝国が国家として機能していればの話だが。

「時代が動いていきます。私たちも動かなければならないのですね。」
ミカゲの言葉に軽く頷くと、騎士、いや、亡国の王=ハルト・ミヤモトは手綱を引き馬を走らせた。

時代を動かすのは、私でなければならない。もう、先を越されるわけにはゆかないのです。

決意は、後の現実と必ずしも一致するとは限らない。しかし二人はそれを信じた。また、信じなければならなかった。

5.2 老いた英雄

時代が動くか。
わしらもなんかせんとなぁ…
老人もまた決意を胸に立ち上がった。
その勢いで倒れたテーブルから、湯呑が宙に舞い、中の熱いものが、彼の足に降り注いだ。
「あちぃっ!」

****

「この席は、予約済みか?」

椅子を引き、既に座る体勢に入っている若者は、思い出したようにテーブルの向かいに居る老人に尋ねた。

「そうじゃじゃ。お主を待っておったのじゃ。まぁ、座れぃ。」

歳を経ている割には、妙に甲高い声に、若者は一瞬、ためらいを覚えないでもない。
いや、そうではない。  若者=ハヤテは、この老人を知っている。だが、待たれる覚えなどは全く無い。約束があったわけではない。できれば関わりたくさえないと思っていた。それが戸惑いの本当の理由だろう。

「俺を、待っていただと?」

もう何度も会っているが、奇妙な老人だった。頭の毛は既に無く、耳の上から後頭部にかけてわずかばかり白い物が残っている。その割に、眉毛は白くはあるが、剛毛と言った様子である。着衣は、漆黒の外套。額には星型に刺青のような物がある。
わけのわからんジジィ。その言葉がハヤテの脳裏をよぎった。

「話は、飯の後じゃ。」
すぐ言えよ。
と、その言葉が前歯の裏側まで出掛かったところで、ハヤテの脳裏に記憶が蘇った。
***
「おにいちゃん。お年よりは大切にしないといけないよぉ〜」
ハヤテは実の妹ミカゲにしかられていた。
もう、10数年も前のことだ。
父が翼の民でありその血を強く受け継いだためか、ハヤテの背丈は自分より当然3つ年下の妹に背丈を追い抜かれていた。しかも、一般に女のこの方が早熟であることも、相まって兄と妹地うよりは虫と姉と弟のような感じだったのだ。成人した今となっては、本来の立場になっているとハヤテは思っている。
ミカゲも概ねそのように振舞っているようだ。
***
そして今。
八ヤテは、ジジィを名乗る老人の向いにこしかけ、好物の梅こぶ茶をすすっている。
「それで、話というのは何だ」
老人は、語り始めた。
今から約十五年前、光魔大戦と呼ばれた戦いがあった。
その戦いで、ジジィやセレスは、機甲神を駆り、英雄として巨大な妖魔、そしてその背後の混沌と戦かったという。その後世間では英雄たちはいずことも無く消えたとされていたが、彼らは『星域』で傷を癒していたのだと。
仲間に会いに行く。ジジィとセレスの他に英雄と呼ばれた者は3人。
時代が動き出した今、彼らに会うための旅に出なければならない。その同行者としてジジィはハヤテを選んだ。

「了解した。貴方がた英雄の再会の旅、その護衛役このハヤテ=アシュフォード、及ばずながら務めさせていただきます。」

ガチャン
急にあらたまった口調でハヤテが応えたので、老人は思わず湯呑を落とした。

「だけど、ジジィさんって英雄の人なんだよね。そんな人の護衛役が自分たちでいいのかなぁ」
と、ハヤテの後方からの声はシィキ=ベレズフォードのものだった。
「やると決めたら出来る出来ないなどいっている場合ではなかろう。だめな時はわしらとこのボケ老人が死ぬだけだ。ワシらは己の力とこのボケ老人の眼力を信じる。それだけでいい」
と、ケリィ。

「また冒険ね。楽しい旅になるといいね」
とハルカ。

「お、お前ら…」

仲間、同じ時を共に歩もうとする者たち。こういうのも悪くはない。

「ジジィ殿、人数が増えてしまったが、問題無いよな。」
「無論じゃ。むしろはじめからそのつもりでおったからの。」
年の功と片付けてしまえるかどうか微妙であるが、ハヤテよりも確実にジジィは一枚上手であった。

「それもまた、予定通りである」

ケリィは毎度おなじみの言葉を、どこから来るのか全く解らない自信たっぷりに言った。

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