ハヤテ

〜翼の勇者〜
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3.命

その重みを、母なる惑星のそれよりも重い、と言ったのは誰であろうか。
しかし、すべての重さがゼロへと回帰する宇宙において、星の重さもまたゼロである。

他人の命の価値など、結局はその程度のものなのかもしれない。
価値の無い物なのかもしれない。『そんなもの』の為に、勇者は再び翼をひろげる。

惨めな仕事だな。

史上初の機甲兵器どうしの闘いで崩れ去った瓦礫はロード・ジーニアスの巨大な手で片づけられつつある。
ロード・ジーニアスのコックピットの中で、ハヤテは一人ため息を吐く。その仕種までもが反映され、巨大な機会の騎士は妙に人間じみて見えた。
かつて、新たな歴史が動き出す遥か以前、機会の巨人は、こういった作業をする為に作られたと言う。
山を動かし、運河を掘り、橋を架け、城を築く。
創造する為に作られた巨人がいつしか破壊を生むようになったのはなぜであろうか。

機甲神を操ることに慣れていく。それはハヤテ自身にも分かる。いずれ、あの黄色い刃の巨人と雌雄を決さねばならないときが来る。そして、その時、矢面に立つのは自分であるかもしれないと漠然とでも考えるからこそハヤテは機甲神を動かし、瓦礫を処理しつづけた。

3.2 生死の狭間

真っ暗であるようで、真っ白にも感じられる。そこには明暗は意味を成していない。赤くもあり、青くもあり、緑色でもある。そこでは色相は意味を成さない。濃くもあり、薄くもある。そこでは、濃淡もまた意味を成さなかった。
セレシアル=ローズはそんな頼りにならない視覚を閉ざした。
そこで始めて気がつく。視覚のみではない。聴覚、触覚、味覚に嗅覚。五感すべてが無意味な信号を出していた。、もしくは出していなかった。
(そうか。わたしは、死んでしまったのか。)
不思議と自我だけは残っている。肉体にとらわれない自由の世界。
不意に、自分の物ではない思考がセレスの中に流れ込んできた。
「まだ死ぬべきときではない。われらはのちのせだいのためにすべきことがあるよ〜んじゃ。」

(ジジィ?)
「そうじゃ。わしじゃ。いま、おまえの体は機能を停止した。じゃが、さすがはセレシアルローズ。心はまだ死んではおらんようじゃの」

「わしが、おまえのイメージをこの空間に作る。それを核にし、おまえの世界をおまえの生きてきたすべてを想像、いや創造するのじゃ。さすればおまえの心は精神力の続く限り存在することを許される。」


(ジジィ、貴方はいったい…)
「生きなされ。まだ若き勇者たちにわれらが残す物は多いはずじゃ。」

(若き勇者…彼ら…のために…)

3.3 イルドとレーヴ

(死んだら僕の女の子たちに申し訳ないね。)
文字どおり死んだように眠るセレスの顔付きが、変わった。
意識を取り戻したわけではない。寝顔に間違いはないのだが、その表情は明らかに別人の物のように見えた。
元々端整な顔立ちで女性に好まれるだろう顔付きのセレスだったが、今はその寝顔でさえ女性という女性を失神させうる顔になっていた。

「うむ。レーヴの顔か。久しぶりじゃの…」

ジジィは、独り言のようにつぶやく。
セレシアル・ローズはかつて3つの人格を持っていた。対人関係に強い…むしろ女に強いのが「レーヴ」。いまのセレシアル・ローズは正に「レーヴ」だった。
次にその顔は、残忍さをも感じ察せるほど鋭いものに変わった。血と戦いを何よりも好む…彼が「イルド」だった。
(死んでたまるか!!)

変わる表情、人格。二人はくるくると入れ替わる。
“主人格”であるセレスの魂が消える事は二人が消える事に等しい。

3.4 希薄なる望み

「一応の処置は済んだ。じゃがこのままでは…」

時間の問題である。セレシアル・ローズの魂の灯が消えるまで長く見積もっても2日。それを過ぎればの精神は、脳髄の腐敗とともに虚空へと消える。混沌へと回帰する。
怪しげな老人=ジジィは、ハヤテ、シィキ、ケリィにそれを伝えた。

「どうすれば、彼を、セレシアルさんを救えるんです?自分はこの人に死んでほしくない。誰も死なせたくないです。」

漆黒の妖精=シィキは、目を見開きジジィに問う。

「うむ。」

と一つ肯くと、ジジィは伝説に残された命の器のことを語り始めた。
それは、竜の眠る谷間の深き洞窟の奥底に在ると言う。
それは、セレシアルを二度よみがえらせることができると言う。
しかし、谷間までにかかる時間は、少なく見積もっても丸1日。往復するだけでタイムリミットは来る。しかも谷間の奥、まだ見ぬ竜の化身が行く手を阻むであろう。

「行くだけ無駄だ。」

話を聞き終わると、ケリィは言い放った。
「なっ、なんて事を言うんだ!」

シィキはケリィにつかみ掛かる。
「現実を見詰めろ。いくら努力をしたところで、結果は変わるものではない。」

ビシッ!!
シィキの拳がケリィの頬を打った。
「良いパンチだ。」

口元に血を張り付け、ケリィは自信満々に言う。
黒き妖精は、仮面の男を睨んだ。

今、こんな事をしている場合ではない。
時間の猶予はない筈だった。
にもかかわらず、老人は、ジジィは何故かにやけていた。
「わかいのぉ・・・」

と。

俺が行く。俺の翼なら少しは可能性は在るかも知れん。

何もしないよりは、何かしたいとハヤテは思った。

「おまえ一人で行って何ができる?ワシも行く。そしてシィキも行くだろう。」

ケリィは胸を張っていた。
「オィ、ジジー、わざわざワシらを絶望させる為に話をしていたわけではないだろう!」


「条件が在る。」

「断る!」

ケリィはきっぱりと言った。

3.5 自在車両

確かに、皆で行く事ができるならば心強い。だが、一人で気ほどの身軽さはない。夢の翼の速度ならば間に合うだろう。だが、徒歩となると、…タイムリミットは近い。
時間がない。どうすればいい?

「ほっほっほ。こんな事もあろうかと、わしが造らせたものがあるのじゃ。」

馬車…か?だが、馬はどこにいる?
それは馬車にしては奇妙だった。いや、馬車と呼んで良いのかどうかもあやしい。ハヤテが思ったそのままに馬はいない。本来ならば馬のいるべきところに得体の知れない機械ある。

「この馬車は馬もいらん。そして空を舞い、地中に潜り進むこともできる。」

「じゃあ、この名前は“トリモグラー”ね?」
何時の間にその場に来ていたのか、12、3歳の少女がそこにいた。

3.6 ハルカ12、13歳

「君はハルカちゃん!何でこんな所に?」
シィキにとって女性の名前を覚えることは容易い。
先日、血を被った少女…震えていた少女…それがハルカだった。
事件の後、シィキは、彼女を自分のとまっていた部屋に招き、寝かしつけた。彼女が成人女性ならばシィキの行動も別のものになっていたかもしれないが、彼女にとって幸いのことにハルカはシィキの守備範囲外だった。
そのハルカが何故ここに居るのかはシィキの知るところではない。
そしてその問いに答えたのは意外にも仮面の義士=ケリィ・スゥだった。
「わしがここに連れて来た。むしろ付いてきてしまったのだよ」

「"しまった”ですって!?私と居るのがそんなに嫌なの!?」
ハルカはケリィの台詞に抗議する。
「うむ…」
ケリィはやや躊躇いがちに頷いた。

……こんなことをしている場合ではない。
ハヤテがそう思ったのも不思議なことではない。英雄=セレシアル・ローズの命が今、尽きかけているのだ。
ハヤテが、皆に一括し出発の号令をかける言葉を口にしようとしたとき…

「とにかく、みんなセレスのお兄ちゃんを助けるために出発よ!」
と、ハルカ12,3歳によってハヤテの立場はどうにも格好のつかないものへとさせられてしまった。

3.7 出発。


行け、若者たちよ…
セレスの命、お主らが戻るまでこのジジィが、命を賭けてつなごうぞ!

老人は老人なりの決意を胸に若者たちを見送る。

旅が始まる。そう長い旅ではない。しかし困難を伴うものだろう。
自在車両「トリモグラー」(ハルカ命名)は軽やかに地を駆け、目的の地「龍の眠る谷間」…ルオン峡谷へと軌跡を延ばしていく。

<第3話〜命〜 終幕>

<第4話〜龍の眠る谷間〜へ続く>

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