巨大なる力。
機甲兵器・・・
全長20メートル大の巨人。
20年前、遺跡より発掘された大掛かりな機械の固まりは、その細部まで調べ尽くされ、15年前の“魔”との闘いで、機甲神の名を与えられ、闘った。
人が乗り込み、その意思と、根元世界から受け継ぐ力によって動く。
かつて、機甲神は“魔”から人々を護る盾であり、“魔”を滅ぼす矛であった。
最強の盾と、最強の矛がぶつかり合う時、人は何を知るのだろうか。
その答えが出るのは、そう先の事ではない。
今、ウェストリア王国の騎士団に、機甲兵器が配備されようとしている。
15年前、機甲神を駆り“魔”と闘った“かつての英雄”たちは、伝説の地より帰ってきた。
その、強大な力を知る故に、力を持てる故に、彼らは、何を望み、何をするのか。
あるいは、何も出来ないのか。
かつての英雄の一人は言った。
「人はそれほど愚かではない。私の言葉になら彼らを止める力が在る筈です。」
と。
こうして、機甲兵器配備案の否決を目的とし、王国議会の主要メンバーが、集められる事になる。
午前中、警備の仕事は順調で、退屈だった。
それはそれで良い事だろう。何も無ければハヤテたちは、ただ立っているだけで仕事を終える事が出来る。
他愛の無い会話が、知り合ったばかりの仲間と交わされた。
「ハヤテ、何か感じない?」
唐突にシィキは、不安げにハヤテに声をかける。
ハヤテには何も感じない。翼の力を発現させた時ほどの感覚の鋭さはないが、何かが起これば、それを感じ取る自信はあった。
この、シィキと言う男、緊張のし過ぎではないか。
ハヤテから見て、そう思えるぐらいに、シィキの体が小刻みに震えている。
「でも、悪い予感がするんだ。なんでだか分からないけど、自分には分かるんだ。」
シィキの声は、訴えかける。ハヤテに、ケリィに。
波動。巨大な闇の、魂が凍てつくような恐怖感。シィキは、必死に耐える。
解った。俺も気をつける。
流石にハヤテもシィキの尋常ではない様子に、嘘や、冗談の類で済まされる事ではないと思い始めていた。
「フン。臆病者めぃ!だから近頃の若い者は骨が無いなどと言われるのだ。もっとわしを見習えば良かろう!」
ケリィの口から出る言葉表からは、その心情を知る事など出来はしない。だが、ケリィを良く知る者ならには、彼が警戒を強くしている事は明らかなのだ。
そして。
風が、変わった。
そろそろですね。機甲兵器とやらの力、見せてもらいましょうか。
騎士は、会議の場になっている、棟を、遠巻きに見ていた。
空間が歪む。焦点の合わないレンズのように、その向こうの景色が反転する。
何時の間にか出てきた雲が、陽光を遮り、世界が影に傾く。
黄色い剣。その鋭さに似合わない色をした巨人を一言で言うならばそう言い表すのが適当だろう。
「我は、モノ・ベレズフォード。機甲兵器ブレードにて、謀反人どもの粛正に参上した!!」
ブレード。刃ですか。安易な名前ですね。
粛正のという。
ブレードの携えた巨大な剣。長さにして25メートルは在るだろう。
それが、会議場を斬る。
「モノ!?と、父さんなの?何で、何でこんなひどい事をするんだ!!」
シィキは、母を見殺しにし、自分を捨てた父の名を聞いた。
石で作られた、棟がまるで豆腐のように剣に裂かれる。
DF粒子震動剣・・・ですか。なるほど。その切れ味、伊達ではないようですね。
騎士は、この非常な時を楽しんでいる。
さて、この会議は失敗ですね。良くも悪くも、機甲兵器の強さを、目の当たりにしてしまったのですから。
人は、一度手に入れた力を手放す事は出来ませんからね。
一度、手にしたものを手放さない・・・か。
「止めて、と言っても、父さんは止めないんだよね。」
鋭い巨人を見上げ、悲しそうに顔を曇らせるシィキ。
命の重さを、自らの命で教えた母。そして故郷の友たち。
その犠牲に報いる為に、シィキは動く。
助けなければ。
ガレキが振る、屋敷の棟へシィキは走り込んでいく。
「ハヤテさん、避難経路の確保を頼めますか!」
混乱が支配する空間の中、どれだけ己を保てるかが、生き残る為の鍵となる。そして、他の命を救う鍵にも。
無秩序に、議会のメンバーは逃げ惑う。このまま放置しておけば被害が拡大するのは、確実だったであろう。
騎士は、この状況が、予定されていた事を知っていたのだろうか。
驚かず、ただ、見つめる。朽ちていく屋敷の棟を。朽ちさせる巨人を。
英雄殿が動くのは時間の問題ですね。
機甲神の姿を見ておきたくも在りますが、私にその時間が無いのが残念です。
では、私も動くことにしましょうか。
騎士=ルーン・フォルナは、機甲兵器ブレードによってもたらされた、惨状の場を静かに去るその傍らには、ミカゲ・アシュフォードの姿が在った。
「急ぎましょう。私の故郷、イシュタルへ」
「そこまでだ。モノ・ベレズフォード!」
いつのまに現れたのだろうか。そこにはもう一体の巨人が在った。
白銀に光る、装甲。甲冑を着込んだナイトの姿をそのまま巨大にしたようなその姿。
巨大な光のマントを翻し、仁王立ちする機甲兵器、機甲神“鎧機”ロードジーニアス。
救世主の到来か。惨状から逃げ惑う人々は脚を止め、その姿を見上げた。
機甲兵?いや機甲神か。
ハヤテは、その名を聞いた事こそ在るが、実際に見るのはこの時が始めてだった。
かっこいいな。
人の意識をそう導くような姿に造られたのだから、ハヤテが思うのも無理はない。
「ハヤテ、何やってんのさ、自分達のする事は、会議参加者の避難誘導じゃやないか!見惚れている場合なんかじゃ無いよ。」
シィキの言葉に我に返ったハヤテは、一言彼に言葉を返すと、背中の翼を発現させて、宙に舞う。
避難経路の確認と、確保をしなければならない。
こういった場合、翼の力は、役に立つ。
混乱する地上の様子を、一眼で知覚し、最良の指示を出す事が出来るからだ。
互いの剣を幾度も打ち合わせ、闘うブレードと、ロードジーニアス。
機甲兵器どうしの戦闘は、今までアルフォースの歴史のページに現れた事はない。
機体の性能としては、ロードジーニアスの方に分はある。しかし、逃げる人に気を使わねばならないロードジーニアスと、その必要を持たないブレードの動きには、差が現れるのは必然だった。
ちくしょう。ここまで飛んでもまだ埃っぽいとはな。
巨大な質量を持った機甲兵器どうしが地上で闘うそこには当然、砂埃が巻き起こり、駆動音は響き渡る。
戦いの激しさを物語ると言ってしまえばそこまでなのだが、声を振り絞り、シィキたちに避難経路の指示をするハヤテの声は、届きにくく、その姿も地上から見るのは楽な事ではない。
それでも、ハヤテの指示によって人々の大半はその場を離れつつある。
ブン、と風を切り機甲兵器の腕が、動く。
等身大の人の動きをそのまま20メートルに拡大したその動きは、間近で見れば、相当な速度を持つ。
風も起こり、空気を震わせる。
「何?!」
咄嗟に、ブレードの攻撃を盾で防いだロードジーニアスだが、その動きが起こす風がハヤテを巻き込んでしまった。
気を失い、力無く地面へ吸い寄せられるハヤテ。背中の翼が音も無く消える。
操者、セレシアル=ローズは舌打ちしながらも、ロードジーニアスの巨大な腕をハヤテの下側に回り込ませる。だが、それが、命取りになった。
「私は、超えたぞ、あの機甲神を超えたぞ。フフフ、ハハハハハハハハハ」
コックピットで狂ったように笑うモノ・ベレズフォード。
彼の操る巨人の剣は、ロードジーニアスの腹部・・・操縦席を貫いていた。
ロードジーニアスの掌の上で、目を覚ますハヤテは、自分を助けた機体のコックピットハッチから、転げ落ちるその操縦者の姿を見る。
咄嗟に空を翔け、落ちる操縦者を、抱きかかえ、地上に降り立つ。
地上に降りると
「この人を頼む」。
傷つき倒れた機甲神の操者をシィキに預け、コックピットへと飛ぶハヤテ。
「待ってハヤテ、君は大丈夫なの?どうするつもりなんだ?」
シィキの問い掛けに答えず、瞳に強い意志の力を宿したまま微笑みだけを返す。
俺がやるしかない。
ハヤテは自分に言い聞かせた。
操縦席に座る。見慣れぬ計器と機械が並ぶ場所。ハッチは壊れ、いくつかの計器は、壊れ、小さな雷光と煙を噴いていた。
出来るのか?俺に?
不安が無いわけではない。
だが、やらなければならない。冒険者の誇りか、それとも男としてのそれか。
壁にぐらいなってみせるさ。
意を決して、レバーを握る。
動け!
祈るようにそれを思い切り引く。
ヴーンと低い唸りを上げ、機甲神“鎧機”ロードジーニアスは立ち上がった。
立った!次は・・・
「ルオン=デューネダインの再来か?」
老人は言う。
ルオン。15年前、機甲神ドラグーン・ツヴァイを訓練なしで動かした男。
このレイシールの街を救い、世界を救った英雄の一人の名。
「いや、コアが意志に反応したのか。強い精神力の持ち主じゃ。いずれにせよあの若造、いずれワシらの希望となるやもしれんのぉ。」
剣と盾を構え、ロードジーニアスは立つ。
動いた。良く分からないが、何とか出来る。
確信か、不安か、どちらにせよハヤテの使命感はそんなものを、もう必要としないくらいに高まっていた。
「いくら私のブレードが優れているとはいえ、この程度で終わってもらっては面白くない。さて機甲神、続きを始めましょう。」
モノ・ベレズフォード。
彼は、ウェストリア王国の技術士官たちの頂点と言う地位を持っている。しかし、彼にとって地位などはどうでも良い。
彼が望むのは最強の機甲兵器の開発にある。かつて、“魔”との激しい戦いの中、機甲神を見た時から、想いは高まり、今も天へとひたすらに膨張する。
ガシンッ。機甲神の脳天へと振り下ろされる大剣を掌で挟み込んでその振りを受け止める。
俺の思った通りに動く?!
ハヤテが、機体を制御しているのは違いないのだが、“操縦”とは、やや異なっている。パワーの制御こそレバーやペダルの操作に比例してはいるが、動作自体は、ハヤテの意志によってのみ成された。
「流石、機甲神。ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ。それでこそ倒し甲斐があるゥゥゥゥキャハハハハハ」
狂気、狂喜のモノ・ベレズフォード。
狂った魂、暴走する衝動。ブレードの“核”が、それを増幅させる。そして、己の力に変えて行く。
ギギギギッィィィ・・・・
剣を掴むロードジーニアスの腕が、動力の意に反し押し曲げられ、関節に、火花と煙が吹き始めた。
クゥッ、このままでは・・・やられてしまう。
一歩、ロードジーニアスが後ろへ下がる。このまま後退をつづけられるのならば、やり過ごす事は出来るかもしれない。だが、彼の後ろには、館が在り、その中にはまだ非難しきれないで居る人々が居る筈である。
いったい、どうすれば良い?
ハヤテの、ロードジーニアスは、危機にある。
絶体絶命と言ったところだ。
巨人たちの足元。そこに人が居た。一歩間違えれば踏み潰される事になるその場所に、漢が居た。
仮面が、機甲神の吹く火花に照らされ、光を得た。
フフッ。ピンチだな。
そして、わしの出番だ!!
仮面の漢=ケリィ・スゥは、左手に固定された、ボウガンに矢をつがえ、拳の先をブレードの頭部へ向けて、狙いを定める。
チャンスは2度は無い。この一矢が歴史を変える!!
ケリィは、もう30代後半、もう40に足が届く。それだけの人生を生きてきた。
彼は、英雄になりたかった。30年前、ウェストリア王国と、イスティナ帝国との闘いの中、孤児となり独りで暮らしてきた。生きる為には、自分を偽る事もあった。人を傷付けなければならない事も在った。
そんな、自分の嫌いな自分を仮面の下に隠して、正義のヒーローになるつもりだった。
現実はどうだろうか?
15年前の“魔”との闘いにおいても、彼は、その名を広く知らしめる事は出来ずに、今に至っている。ここへ来て、やっと念願のヒーローに成れる時が来たのだ。
少なくともケリィはそう信じている。
発射!!
左の掌のグリップを握る事で“アームボウガン”のギミックが始動する。そして、歪められた弓の復元力によって矢が飛び出した。
空を翔ける一筋の軌跡。いや、奇跡だろうか。
それは、確実に、機甲兵ブレードの視覚センサーへ引き寄せられるように、加速し“落ち”ていく様であった。
「・・・キャハハ。・・・な、馬鹿な!?」
モノ・ベレズフォードは、突如として、機甲兵器ブレードからの視覚を閉ざされた。
剣の巨人は、盲目の闇の中を手探りでさ迷う。戦闘能力の低下はもはや確実であった。
ナイスだ!ケリィのおっさん!!
声になったか為らずか、ハヤテの意志は叫んだ。
今ならば、と、ロードジーニアスの左の拳が唸りを上げ、ブレードに叩き込まれる。次に、脚、そしてとどめとばかりに、右手に持つ聖剣を振り下ろす。
硬い金属音が、辺りに響き渡り、その音と音とが共鳴し、唸りを上げる。
バランスを失い、後退を余儀なくされる、ブレード。
「まさか。まさか私のブレードが、こんな処で・・・有り得ん。有り得ん筈だ!」
蛇に睨まれた蛙のように脅え、動きを止めるブレード。そして、その操縦者モノ。
次第にブレードの影が薄れて行く。丁度それが現れた時を巻き戻すかのごとくに。
しかし、決して戻らない物もある。瓦礫の下敷きとなり天に召された魂。そして、この場の荒れ果てた惨状は、元凶の有無に関わらず、戻りはしない。
この数日後に開かれた王国議会で、機甲兵器の、騎士団への正式配備が決定された。
セレシアル・ローズの命を賭した闘いは、無駄となったのだ。
しかし、この事件は単なる発端にしか過ぎない。
ハヤテを、シィキを、ミカゲを、そしてアルフォース全土を混乱へと導くきっかけ。
その事をまだ知る由も無いハヤテは、ただ、ブレードの消えた虚空を見つめる事しか出来なかった。
<第2話“鋼鉄の巨人”・終幕>
<第3話“命”へと続く>