ハヤテ

〜翼の勇者〜
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1. 冒険者たち

 

時を隔て、遥かなる未来。
荒廃した母なる惑星を後にした人類は、銀河中心部に程近いある惑星=アルフォースにたどり着いた。
人々が、そこで暮らし、母なる星を忘れるようになる頃、その文化の繁栄は、戦争と言う渦の前に、失速し、我々が知る歴史の、中世さながらの、生活を送るようになっていた。

冒険者と、呼ばれる人々が居る。
平穏な日常に満足しきれない者、あるいは、否応無く平穏から弾き出されてしまった者。
依頼を受け、任務を行い、そして報酬を受け取る。
彼らはそんな安易とも言える、システムの中に彼らは暮らしていた。彼らにとって、幸福な事なのか、この時代は、混乱にまみれていた。30年ほど前に、突然現れた、異形の怪物たちは、人々の平穏を脅かし、それらに対しての盾となるのが、冒険者の主な仕事だった。
そして、もう一つ。
かつての繁栄の遺産を探り出す事、つまり、遺跡の発掘も、冒険者の仕事となり得ていたのである。

一人の冒険者が、仕事を求め、また酒場の扉をたたく。

1.1 依頼人

 「この席は、予約済みか?」

椅子を引き、既に座る体勢に入っている若者は、思い出したようにテーブルの向かいに居る老人に尋ねた。

「うんにゃ。ワシャのぉ、お主を待っておったのじゃ。まぁ、座れぃ。」

歳を経ている割には、妙に甲高い声に、若者は一瞬、ためらいを覚えないでもない。
いや、そうではない。  若者=ハヤテは、この老人を今、初めて見た。待たれる覚えなどは全く無かったのだ。彼のためらいは、そこに起因していた。

「俺を、待っていただと?どういう事だ?」

ハヤテは思う。見れば見るほど、奇妙な老人だった。頭の毛は既に無く、耳の上から後頭部にかけてわずかばかり白い物が残っている。その割に、眉毛は白くはあるが、剛毛と言った様子である。着衣は、漆黒の外套。額には星型に刺青のような物がある。
悪い魔法使いそんな言葉が、ハヤテの脳裏をよぎった。

「話は、飯の後じゃ。」

1.2 闇の気配

 店を出たハヤテは、宿へと向かう。
日は既に西の空へ消え、厚い雲が夜空を覆い星も見えない。しかし、街は、まだ眠ってはいない。人通りは、まだ少なくなっていない。流石に中央都市と呼ばれる街だけの事はある。
田舎育ちのハヤテには、街の喧騒にどこか馴染めない。名前も知らない人間達がひしめいている。その一人一人にも、生活があり、日々を必死に生きている筈だ。理屈では、分かっているのだが、全体としての意思など感じる筈も無い。単なる無秩序な肉の固まり。そんな風に捉えてしまう自分が居る事に苛立ちを覚える。
それは、ハヤテ自身が亜人種であるコンプレックスから来る物なのだろう。

「!!」


意識?意思?思念?
その瞬間、ハヤテは何かを感じていた。闇。その感覚を一言で表すならば、それが一番近いだろう。辺りを見回す。誰だ?何者だ?
恐怖、脅え。そんな感覚から、ハヤテの体表にうっすらと濃い汗がにじんだ。

 

1.3 騎士

私の心に触れた?何者なのですか?

騎士は、建物の影に身を潜めていた。隠れる理由など何処にも無い筈なのだが、そうしなければならないと直感が命令する。今日の私は、どうかしていますね。一人呟くと、宿舎へと足を向けた。

私は、何者なのだ。世界は私に何を命じているのだ?
私が望む物は……

自身への問いかけが、いつ始まったのかは覚えていない。しかし、父であった男が狂っていく様を、ただ見る事しか出来なかった彼は、問い続ける事でしか、己のあり方を確かめるすべが無かったのである。人は誰しも心の中に闇を持っている。自分勝手で、醜く、忌むべき物。

欲望。嫉妬…

彼も、その例外ではない。それを、認め、制御する事が生きる事、あるいは、生きる為の戦いであると、彼は考える。

父は、戦いに負けたのだ。
敗者は、何も出来ないのだ。
私は、負けはしない。
勝ち残らなければならない。
そうだ。その時こそ世界が私に微笑む。

騎士の含み笑いが、彼の部屋の沈黙を切り裂いていった。

 

1.4

「「朝か…」
陽光が、差し込み、顔に当たる。瞼の裏側が紅く燃える。
昨夜は、ほとんど眠る事が出来なかった。街で感じた魂が凍るような闇の感覚。まるで、自分の嫌な部分だけが鏡に映っているのを見ているような。

汗を含んだ、下着が妙に重い。
シャワーを浴び、身支度を済ますと、ハヤテは街へと出た。
昨日、奇妙な老人から受けた仕事の日までには、今日丸一日の猶予がある。その間に、いろいろと、するべき事はあるのだ。

依頼の内容は、会議の警備に付く事。妙なじいさんの依頼の割には、まともな仕事だ。

さし当たっては、武器の手入れをしておくことにする。戦いがある確率はそんなに高くはないだろうが、いざと言う時には、それに命を預けなければならない。
雑貨屋で、滑り止めと、砥石、針金を買い、再び外へと出た。
日差しは、もう夏が近い事を教えてくれていた。

「お兄ちゃん?」


呼びかけに振り返り、そこに知る顔を認める。
ハヤテの妹ミカゲ=アシュフォードである。
思わずハヤテの表情は緩んだ。

10年前、ハヤテが故郷を離れ、旅の武術家の弟子にになった後、ミカゲは、太陽教の“寺”に身を寄せていた故郷からの便りによると、ここ2年くらいミガゲは、巡礼と、布教の旅をしているたそうだ。
太陽教はアルフォースにおいて、最も、信仰の厚い宗教である。さして厳しい戒律が在るわけでもなく、その名が示す通り、太陽を“神”とし、信仰の対象にしている。

「私は、平気。何の問題も無いよ。それより、お兄ちゃんは、大丈夫なの?借金とかしてないよね?ちゃんと、ご飯食べてる?彼女とか居る?仕事はあるの?」


会えばいつもの事だが、一々細かい。

少なくとも自分より頭が良い妹だと思う。それゆえに、頭が上がらないのも事実である。
自分は肉体派なのだとハヤテは思う。頭を使うのは、自分の仕事ではないとも。

「“適当に”って…それじゃ全然わかんないよ。だいたい家に居た頃から、お兄ちゃんはいい加減だったんだがら…」


いったい、いつの話をしているんだ。もう10年も前の話じゃないか。10年前と言えばハヤテは10、ミカゲにいたっては7つだ。
もう、いい加減にして欲しい。ちゃんとやってるから、大丈夫なんだ。子供じゃないし。


「お兄ちゃん、逃げるな〜。もぅ。」


逃げる様にして去るハヤテの背中を見つめ、ミカゲは、変わらない兄が、同じ世界に居る事を神に感謝していた。

さてと、買い物は、大体これで終わりかな。
拳の当て布を買い終えて、次の目的地へと足を向ける。
今度は、一緒に仕事に当たる仲間と打ち合わせをしなければならない。
どんな奴らだろうな。
依頼人より受け取った、メモを見ながら道を進む。

この街、レイシールは、1000年の歴史をもっている。その割には、区画分けがしっかりしており、王家の、あるいは政府の指導力の強さを示す事となっている。逆に言えば、同じような交差点がいくつも有り、慣れない者が迷うような事も少なくはない。

まいったな。
ハヤテもその一人となった。

仕方が無いか。

何かを決心したように顔を上げて、ハヤテは飛んだ。
勇翼人と、呼ばれる亜人種は、生まれながらにして空を飛ぶ事が出来る。意志の力を翼として具現化させる能力である。
透き通った白い翼、“夢の翼”が、彼の背中に現れ、彼を浮遊させる。
完全に物理的なものではない為、服が邪魔になったりする事はない。

あれは?!

「おぃ、ねーちゃん。どうしてくれるんだ?」

「悪いのは、あなた達でしょ?」

「慰謝料ってのか?払ってくれよ」

ハヤテの耳がそれを捉えた。
翼を発現させている時、“気”が研ぎ澄まされ、感覚がいつもの数倍になる。
男と、ミカゲの声だ。ハヤテの目は、5人の“悪漢”に絡まれるミカゲの姿を捉えた。

助けに戻るか。

1.5 黒きメシア

助けに戻るか。

思うが早いか、ミカゲに絡んでいる“悪漢だち”の一人の背後に降り立つ。そして、その肩に手をやり声をかけようとした、その時。

ピィーッ!!
甲高いホイッスルの声。
「美しいお嬢さん、ご無事ですか?お怪我などはないですね?」
 猪の如く、そこへ駆け込んできた黒い影。 その首にはホイッスルがぶら下がっている。

ミカゲの手をしっかりの握り締める“妙な奴”。ミカゲは頷いて、大丈夫だと言う事を示しているが、顔が引き攣っているように見えた。  

妙な奴だ

妹の手を握る男を妙な奴と感じるのは、その奇抜な行動だけではない。エスニックな服装は、確かに珍しい。俗に“妖精”と呼ばれる亜人種もそれほど多くはないが、見ないわけではない。
“妖精”独特の精悍な顔つき、華奢な体つき。“妖精”や、“勇翼人”の先祖たちは遺伝子レベルで自らを改造しており、世代を重ね、混血が進もうとも亜人種として生まれるものの肌の色は、黒くなる事はない。だが、その男の肌は、黒いのだ。

「さっき、騎士隊の本部に連絡を入れました。“悪漢”さん、おとなしくした方が良いと思うよ。」
さっそうと現れた割には、妙に自信が無さそうな物言いに、思わずハヤテは吹き出してしまう。

「ふんっ!笑わせてくれるわ。 騎士が恐くてこちとら“悪漢”なんか、やってられんわぃ!!」
悪漢の一人は、胸を張り、強がってみせるが、腰が引けていた。

おとなしく、お縄につく気はさらさら無いらしいな。
こっちがミカゲを含めて3人で、向こうが5人か。余裕だな。
ひょいと、先ほど買った荷物を放り投げると、ハヤテはそのまま、目の前の悪漢に拳を突く。続いて肘、膝、最後に回し蹴り。ほんの数秒の出来事に、その悪漢は、あがらう事も出来ず、そのまま吹っ飛ぶ。  落下してくる荷物を両手で受け止めるとハヤテは余裕の笑みを見せる。
まずは一人。これで、3対4だ。どーする?“悪漢”の方々?

「ジョニーがやられただと?!だが、な。この俺をジョニーなんかと一緒に思ってもらうと泣きを見るぜ!」

悪漢のリーダらしき男は、まだ強がりのような事を行っているようだ。

どうでも良いのだが。お前、腰が引けてるって…

そう思うハヤテだが、実はそれほど悪漢のリーダーが間抜けな格好をしているわけではない。
武闘家として、一流に近い実力を持つハヤテと、この悪漢君では、その実力に雲泥の差があるのだ。

1.6 不協和音

ふむ。そろそろわしの出番だろう。

騎士団の詰め所から、無断で拝借してきた戦馬にまたがり、義士は、手綱を握り締めた。  口元を、微妙に歪め、義士は馬を走らせた。  仮面の漢。あるいは義士。 この漢、何をしようとしているのだろうか。その瞳は遥か遠くを見詰める。仮面の奥で。
気合の一声を放ち、仮面の義士は走る。

約束の時は近い。

「意外とやるよね。悪漢にしては。」
黒い妖精は、棒のようなものを振り回し、悪漢に迫る。
優勢なのは、明らかに黒い妖精の方なのだが、何故か悪漢に決定的な一打を与えられずに居る。

(早く降参してくれないだろうか。)
黒い妖精にはそんな思いがあった。無意識のうちに攻撃の手が緩んでいるのだ。彼が非情に徹する事が出来たならば、間違いなく悪漢は、命を縮めていた。

「何、やってんだ黒いの!!」
他の二人の悪漢を相手にしながらもハヤテは、黒い妖精の動きに苛立ちを感じていた。その感情が、ハヤテの拳の鋭さもまた削いでいた。

「“黒いの”って言うなぁ!」
黒い妖精、シィキは言葉に反応して、一瞬動きを止めた。

不協和音。
そして…
一瞬の隙に乗じる形で、3人の悪漢のうち一人が、シィキとハヤテの“制空権”を離れた。

!!

幼い少女の命が危機に瀕した。この少女、野次馬に紛れていたのだろう。
鋭い刃を喉元に当てられた少女は、悪漢の盾とされる。

「この娘の命が惜しければ、抵抗を止めて、道を開けろ。」
悪漢は、高圧的にシィキとハヤテに言葉を向ける。  少女は、何後起こったのか分かっていない様にも見え、ぬいぐるみのような物を抱く手が、少し動いた。

「止めなさい!その児は関係ないでしょう。」
ミカゲは、少女の命を握る悪漢に一歩近づく。少女の無垢な雰囲気を残す容姿は、10代前半であろうか。

「道を開けろと、行った筈だ。」
ミカゲ、シィキ、ハヤテは、動きを止め、体を硬くせざをえない。彼らを囲んでいた人だかりも、何時の間にか姿を潜めていた。

ハヤテたちは、敗北の屈辱に唇をかんだ。

「そこまでにしたまえ!!」
と、叫び颯爽と、馬を駆る仮面の義士はそこに居なかった。
雑貨屋を挟んだ隣の通りで、義士は、一人芝居に興じていた。

おや?
街に不慣れな義士は、仮面を外し、辺りを見回しながら自らが、道を間違えた事を悟った。

ふっ、これもそれも予定通りだ。問題はないだろう。
たぶん。

戦馬を、無断拝借までし、最高の出番を演出する予定だった仮面の義士ケリィは、言葉とは裏腹に心底悔いていた。
顰めた顔を再び仮面で隠す。

 

1.7 共鳴する闇。

  

遅いよ。遅すぎるよ。ケリィ…

来る筈になっていた漢は、建物を挟んで存在している。だが、そんな事は今のシィキにとって、意味を持たない事だった。この場所、シィキの居る場所でなければならなかったのだ。

トクン。
心拍音。
シィキの瞳の奥にわずかながら赤く輝いた。

何故こんな時に?

自らの心が蝕まれていく嫌な感覚。自分が自分でない何かに変わろうとする時の発作。
必死でみずからを制御しようとする。
人質の少女を盾にその場を離れる悪漢たちがいる。

自分はあの子を助けなければならないんだ。今、“なる”わけにはいかない!!

助けなければならない。
助けなければならない。
助けなければならない。

そうですね。私は救わねばならないのです。
時を同じくして、宿舎に居た騎士は、衝動の命ずるまま駆け出していた。

「卑怯者。お前も漢ならば、今すぐ人質を放せ!!さもなくば…」
言葉に詰まる。状況は、ハヤテにとってあまりに不利だった。拳を握る事しか出来ないハヤテ。

「さもなくば、何かな?ボウズ。」
「クッ…」
 悪漢はゆっくりと、その場を歩く。少しずつ、景色が動いて行く。

「待ちなさい。人質なら私が代わります。だから、その子を放しなさい。」
一歩踏み出し、ミカゲが、悪漢らに近寄る。

「駄目だね。人質交換の隙を突かれてお縄につくのが、今までの悪漢の定番ってってやつだろ?」
悪漢の答えは、ミカゲの真意を見抜いている。このままでは、いけないと思うのだが、誰も動く事が出来ない。

…不思議ですね。何故に私は走る?そこに何があると言うのですか?
衝動が、騎士の体を止める事を許さない。 そして、目の前に人質となる少女を捉えた時、彼の剣は、韋駄天の速さを持って悪漢の首を切り裂いた。

「ぎいぃぃぃぃ…・っ。」
 断末魔の声が、力を失い小さくなっていく。  そして、血の雨が少女に降り注いだ。

私は何をやっているのです?

騎士は己に問い掛けた。答えはない。

何を…やってるだって?
自分は、少女を助けたかったんだ。だけど…

シィキは、目の前で起こった一瞬の殺人劇に、自分の意志が働いていたような錯覚に陥り、自分を責める。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ。」

少女は、降り注ぐ血の雨に、赤く染まっている自分の体に悲鳴した。

1.8 分岐点

闇?また、俺は闇を感じた?!あの騎士と、黒い奴から?
惚けたように、ハヤテは呟く。  一瞬だったが、確実に闇が重なっていたのだ。

死は、鮮烈に人の心に訴えかける。人は、他人の死であっても、無意識に自らの死と関連付けてしまう。
それは、人の心が、根元世界においては一つであったという、名残なのか。 闇の重なりは、根元世界に根差した物だったのか?あるいは別の次元の事象なのか。
確かに、シィキと騎士は意識の一部を共有した。

「き、貴様、そこまでする必要はなかっただろう!何故殺した!!」
叫ぶハヤテ。  拳を握り返し、ハヤテは騎士に叫ぶ。喉元にまだ、悪漢の死による嘔吐間が残っている。

何故殺したか?
無論助ける為だ。
確かに騎士はそう思っている。しかし、助けたい衝動は自分の物ではなかったのも認めざる得ない。

「騎士として、街の治安を乱す物は許さない。それだけですよ。そう。それだけなのです。」
半ば自分にも言い聞かせるように騎士はその言葉を吐く。

「そうかよ。そう言う事かよっ!ならな、俺はお前を認めない。お前のような奴が居るから…俺は、お前を倒す!!」
ハヤテの背に翼が発現する。拳が風を巻き、ハヤテの体は一直線に騎士へと飛ぶ。

「やめてっ。お兄ちゃん。その人は…」
ハヤテの軌道にミカゲが割っては入った。 !!
私を護ったのですか?この女性は?!私は、護られた? 実の兄の拳を受け、ミカゲの身体が力無く、騎士の胸に倒れ込んだ。

ミカゲ…何故だ!何でなんだ?!

「ごめんね、お兄ちゃん。でも、この騎士様は純粋なの。それだけは分かって…」


その言葉にハヤテは立ち尽くすしかなかった。

頼む。行かないでくれ…

想いと裏腹に自責の念に刈られ、指一本ですら動かせない。
後味の悪い結末。

(純粋…ですか。私が。)

騎士は、ミカゲを腕に抱いたままその場を後にする。
「分かりました。そうですね。純粋に生きれば良いのですね。心の命ずるままに。 」

騎士は、ずっと探していた答えを見つけ、ハヤテは、ミカゲとの距離を感じていた。
太陽が、西の空に沈む。そして再び闇が世界を包む時は近かった。

1.9 仲間

暗くなってしまった。

もう、何処をどう歩いたのか、覚えていない。あれから何時間過ぎたのだろうか。
ハヤテの足取りは重く心に空虚を満たしていた。

ここは…

知らず知らずのうちに、目的の場所につく事が出来たのは、何故だったのか。
翌日に控えた仕事の打ち合わせをするべく、老人から渡されたメモが示す、仕事仲間いる宿についていた。
扉をたたく。

「最後の一人ってのは、君だったんだね。もう、他の人は来てるよ。」
黒い肌の妖精…シィキがハヤテを向かい入れた。
昼間の事が瞼の裏に焼き付いていた。その像が、ここへ来て鮮明さを増す。

「昼間の事…まだ、気にしてるんだ…でも…」

それきりうつむくシィキ。彼もまた、昼間の事件に憤りを感じていたのだ。

「そんな事では。お前、死ぬぞ。」

 シィキの言葉に、仮面の漢が続けた。

そうかもな。だが、それも良いかもしれない。
自分の中の妹ミカゲの存在が自分で思っていたより遥かに大きかった。

「何を言ってるんだよ、ケリィ。あの時君が来なかったのがいけないんだろ!!」

シィキは振り向き、キッっと仮面の漢=ケリィ・スゥに目をむける。
そうなのだ。あの場所に、ケリィは現れる筈であり、現れなければならなかったのだ。
しかし現実は非情にもそうではない。

「確かにな。ワシが、行けば総て丸く収まっておっただろう。だが、それもまた予定通りなのである!!」

仮面の漢は、自信ありげにそう言う。
しかし、シィキは知っていた。この漢は心底悔いていると。

「まだ、名乗ってなかったね。自分は、シィキ。シィキ・ベレズフォード。で、この仮面のおじさんがケリィ。」

予定通り…運命か。
確かに、運命的だな。

奇妙な巡り合わせに、ハヤテは、運命と言う、世界の支配力を感じずに入られない。

ハヤテは、何かを吹っ切るように名乗る。

運命。その言葉を、ハヤテは、好きではない。
自分の運命、いや、生き方は自分で決めるのだ。
だから、だからこそ、明日を生きなければならない。
自分に言い聞かせ、差し出されたシィキと、ケリィの手を握り返した。

ふと、辺りを見回すと、昼間人質になっていた少女がベッドの上で眠っていた。

この子も、運命の犠牲者なのかもしれない。

ハヤテは、とことんまで運命と言う奴に逆らってみたい、と、胸に熱くほとぼしる思いだった。

戦いが始まる。運命と、そして、希望への闘いが。

<第一話“冒険者たち”・完>
<鋼鉄の巨人へと続く>

 


 

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