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Saver's SaberF外伝

〜誤作動〜予期せぬ出来事〜

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 正面のハッチが閉まり、モニタースクリーンへとその役割を変える。
 静かだ。とても静かだ。
 足元から装甲を数枚隔てた場所にある動力炉。極小のマイクロブラックホールを動力源とするそこから漏れるノイズは、心地よい震動となって響いてくる。この時間は、出撃前の彼女の集中を高めてくれる大切な時間だった。
 やがて、定刻を告げるアラームが小さな音を立てる。彼女がしなやかな指先でキーパネルの操作し、起動パスワードを入力する。正面のモニタースクリーンに、緑色の文字列が下から上へと流れ出す。そして、最後の行に起動が正常に行われたことを示すメッセージが赤く表示された。
 金属質な光沢を持つ周囲の壁が、前から後ろへと順に外部の様子を映し出していく。球状のコックピット内部は淡い光に照らされ、彼女の姿を青白く照らし出す。スキンタイトと呼ばれる宇宙服の中でも、特にAA乗りのためにカスタムメイドされたそれを着ている彼女。赤毛の、目つきの鋭い女性がそこに座っていた。
 と、正面のスクリーンの一角に新しくウィンドウが開いた。眼鏡をかけた二十代半ばの男の顔がそこに映っている。

「準備はできましたか、ミスワールシュタット?」


「ええ、ドクター。もうちょっとで出られるわ」


 彼女は計器類のチェックなどしながら、短く彼に応じる。
 画面に映った男はジャン=クライフ。世紀の天才科学者として世界に名を轟かせている。現行で軍用に配備されているアームドアーマーは、彼が開発に関与したおかげで、完成が10年早まったとも言われている。今彼女が乗っているこの機体もまたジャンの作で、アームドアーマーの次世代型試作機、アームドセイバーと呼ばれるシリーズのうちの一機だ。

「おや、またヘルメット着用の義務を怠っているのですね」

「だって、メットってなんか鬱陶しいじゃない」


「データを取るだけの簡単なミッションだからといって、危険性が完全に排除された訳ではないのですよ。かぶってください」


「はいはい、かぶればいいんでしょ、かぶれば」


 彼女は不服そうな顔をしつつも、パイロットシートの後方に無造作に放られていたヘルメットをかぶる。最後に密閉確認をして、OKサインをモニターに向かって出す。

「では、がんばってくださいね。くれぐれも気をつけて」


「了解、ドクター」


 正面のハッチが大きく口を開く。そこからは、無限の深遠、宇宙空間が垣間見える。空気のない宇宙では、星々はまたたくことすらなく輝いている。彼女の視点からは、足元から一直線にそこへ伸びるカタパルトレールが見える。このコックピットから見るこの光景は、彼女が空軍を退役してからはもう見慣れたものだった。
 動力炉の稼動状態をチェックすると、出力ゲージは89.3%で安定状態に入っていた。ミッションに支障はない。深呼吸をひとつ入れて、彼女は口を開いた。

「ASX−004ヴァルキューレ・ロート、アルティノ=ワールシュタット、出ます!」


 船内ランプが発進可能を示す青に変わったのを確認して、彼女は両手にそれぞれ握ったレバーを思い切り前に押し出す。紅の巨人、アームドセイバー4号機『ヴァルキューレ・ロート』は、宇宙へとその翼を広げた。 

「と、ここまでは良かったのよねぇ……」


 うんざりしたように彼女はひとりごちる。
 火星と木星のちょうど中間に位置する暗礁宙域。ごみやチリがベルト状に浮かぶ中にまぎれて、紅い人型の機体が浮いていた。ちょうど、あお向けの水死体が川を流れていくような感じだ。
 肩と腰から4本のフィンが伸びた独特のフォルムを持つその機体は、間違いなくヴァルキューレ・ロートだった。よくよく見ると、腰から伸びた二枚のフィンの間で作業する人影が見える。先ほどまでこの機体を操縦していたアルティノだった。

「ったく…… いくら最先端技術の結晶だとか言ってても、動力の安定が甘すぎるわよ。ドンパチの最中じゃなくってよかったわ……」


 出撃後、動力炉の暴走でいきなり全速飛行に入り、そのまま暗礁宙域に突っ込んだのだ。浮遊隕石に衝突しそうになるたびに、それらをビームライフルで撃ち落とし、あるいはプラズマセイバーでなぎ払い、動力炉が安定するまで機体の思うがままに暴走していたのだ。幸い彼女にも機体にも損傷はなく、周辺の第三者もなかった。ただ、通信可能圏外まで来てしまったため、自力で復旧作業を完了させなければならないのだが。

「ふぅ、制御系に異常は認められず。増幅、伝達系の各回路にも問題はなし、と。これで動かなかったら本気でヤバいんだけど……」


 回路系機器のハッチを閉めて、アルティノは再びコックピットに戻る。起動プログラムを再起動させると、出撃時と同じように緑色のメッセージが流れ、起動完了のメッセージが赤く表示された。

「再起動成功、と。さて、こんなコトがあったんじゃぁ、今日のミッションは中止よね。早いトコ戻って、ドクターを安心させなてあげきゃね」


 もっとも、ドクターはアタシよりASX−004の方が心配なハズよね、と心の中でつけ加えて、彼女はヴァルキューレ・ロートを疾らせた。

「動力炉が安定しているうちに早く帰りたいわね……」


 そんなことを考えていると、だんだんに周りがすっきりしてきた。暗礁宙域を抜けようとしているのだ。
 と、障害物が減ったとたんに、索敵レーダーに数機の機体反応が映る。

「識別信号はなし、か。またリーデンベルク研のヤツらだったら、ちょっとやっかいね……」


 数週間前に現れた、自称ジャンのライバルのリーデンベルク博士のことが思い起こされる。リーデンベルク博士は、ジャンと同じくアームドアーマーの次世代型試作機アームドウォリアーを開発しており、こちらのアームドセイバーと優劣をつけるとかなんとか理由をつけ、戦闘を仕掛けてきたのだった。その時は、辛くも彼らを撃退できたのだが。
 アルティノはリーデンベルク博士のことは良く知らなかったのだが、彼の元でアームドウォリアーを駆っていたうちの一人の女の顔は忘れられなかった。アルティノの士官学校時代のライバルで、卑怯な手口で有名だったエスカリーネ=ラインシュタイン。士官学校を主席で卒業したアルティノのことを、次席で卒業した彼女はいまだに根に持っていた。

「フフフ…… 見つけたわよ、アルティノ。今日がお前の最期だからね……」


 まったく悪い物事は重なるもので、入ってきた通信は案の定エスカリーネからだった。
 くすんだ栗毛で、青白い肌に陰湿そうな眼差し。その恨みがましい声も、前会った時と変わっていなかった。エスカリーネの後ろには、先日と同じく3機のアームドウォリアーが続いている。

「出たわね、この妖怪ストーカー女。何度やったって、アンタの負けは決まってるんだから!」


「ククク…… 何とでも吠えるがいいわ。たった一機で私達に勝ってると思って?」


「そっちこそ士官学校時代のことはもう忘れちゃったのかしら? それとも、たった4年前のことも忘れるくらい耄碌しちゃった?」


「昔は昔、今は今。それに、再調整をかけたリュングヴィなら、負けはしないわよ。過去の栄光に浸って、痛い目を見るのはお前なのさ……」

 静のエスカリーネと動のアルティノ。水と油のような関係とは、この二人のためにあるのではないかと思わせる。アルティノが乗っているヴァルキューレ・ロートの薔薇のような華麗な紅に対して、エスカリーネが乗っているRAW−4リュングヴィは死人の血のようなどす黒い緋色をしていた。
 通信で罵倒しあっているうちに、お互い射程圏内に相手を捕らえられる距離になろうとしていた。
 アルティノは地の利を取ろうと後退していたのだが、相手の進軍速度の方が速かったようだ。4機のアームドウォリアーのうち、長射程を持つRAW−2ファイゼントからの牽制射撃が彼女のすぐそばをかすめる。鈍重そうな外観からは想像もできないほどの正確な射撃だ。機動力がウリのヴァルキューレ・ロートで、それを操るのがアルティノだったからこそ回避できたものの、もう少し距離が詰まっていれば危険だ。
 こちらからも撃ち返しておきたいところだが、単純計算して4倍の戦力を相手に無駄弾は撃てない。いかにヴァルキューレ・ロートがアームドアーマーの次世代機とは言え、相手の機体もそれぞれこちらと同等のポテンシャルを持っている。それは先日の戦闘で証明済みだ。
 すでに敵機は視認できるほどの距離にあった。比較的大きめの隕石の陰から、先行してきたエスカリーネのリュングヴィに照準を合わせる。

「これでも、くらえぇぇぇぇぇッ!」


 トリガーにかけた指を二度三度と引く。ヴァルキューレ・ロートの構えたライフルから素粒子の帯がほとばしり、そのうちの二発ほど当たったようだ。が、直撃ではないらしい。相手のスピードは多少落ちたものの、勢いは衰えてはいないようだ。

「フッフッフ…… その程度のダメージなど、私には効かないよ……」


 舌なめずりをしながらエスカリーネがリュングヴィを疾らせる。ヴァルキューレ・ロートは全射程万能タイプの機体だが、リュングヴィは中〜近距離射程の近接戦闘を得意とする。近づければやっかいな相手だった。舌打ちして、アルティノは暗礁宙域の奥へ進む。
 しばらくは相手の弾を避けながらちまちまと撃ち返していたが、RAW−1ゼイナルガとRAW−3コンティクストまでもがかなり接近してきた。このままではいずれ囲まれて撃墜されてしまう。動力炉の出力が100%を越えているのを確認したアルティノは、気合を入れてキーパネルの上に指を踊らせた。

「プログラムナンバー0224オープン。加重値……設定完了。グラビトンプレッシャー、展開!」


 瞬間、周囲に異様な光景が広がった。ヴァルキューレ・ロートを中心とした円形の範囲内の空間が歪曲したのだ。周囲のGが急激に、しかも非均等的に変化したためだ。これがヴァルキューレ・ロートに搭載された兵器、グラビトンプレッシャーの効果だった。

「ヌァァァァァ!!」


「ウアァァァァ!!」


 電磁波まで屈折されているのか、ボイスチェンジャーがかけられたような声が通信に乗って聞こえる。ファイゼント以外のアームドウォリアー3機は、これで多少なりともダメージを負ったはずだ。

「プログラムナンバー0224クローズ。グラビトンプレッシャー、凍結。初めての割に、上手くいったみたいね」


 キーパネルを操作して、グラビトンプレッシャーを終了させる。周囲に起こった重力の変化が、ゆっくりと治まっていった。

「エネルギーがほとんどカラッポ。もうちょっと効率よく起動できないかしら? ……ん?」


 サイドモニターに黄色い大文字で

「CAUTION」

、つまり

「注意」

と表示されている。詳細を表示させると、動力炉の出力が300%を越えて、どんどん高まっているところだった。加えて、グラビトンプレッシャーで起きた重力の変化が、ヴァルキューレ・ロートを中心としたごく狭い範囲で起きつつあった。

「何よ、こんな時に!? せっかく今までスマートにいってたのに!!」


 再び動力源のマイクロブラックホールが暴走したのだ。しかも、今度は重力制御という微妙で繊細ななプログラムを終了する過程でのものだ。何が起こるか分からない。いや、何が起きてもおかしくない状況だ。グラビトンプレッシャーのダメージから回復したアームドウォリアー達も、警戒して寄ってこようとはしない。もし攻撃を加えようとしても、すでに嵐のようになった重力変化の壁に阻まれて何も通用しないのだが。
 すでにサイドモニターの文字は赤い

「DANGER」

の文字に、つまり危険を表示している。アルティノは焦ってキーパネルを操作するが、事態は悪化する一方だった。

「……ヴァルキューレ・ロートって、こんな……こんなバケモノだったの!?」


 すでに出力は800%を示していた。重力変化現象は最高潮に達し、球となってヴァルキューレ・ロートを包んでいた。だが、機体そのものには何ら変化はなかった。ちょうど台風の目の中のように。

「父さん……」


 アルティノはひたすら祈った。もう、それしか彼女にできることはなかった。
 そして、見守るアームドウォリアー達の目の前で徐々に重力の壁は消えていった。ヴァルキューレ・ロートの機影と一緒に。

「……一体何が起こったの?」


 エスカリーネの問いに答えられる者は誰もいなかった。

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